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May 15, 2006

永代経について

今日は、実家で永代経法要がありました。

永代経って、どんなお経ですか?

と聞かれることがあります。

『永代経』とは、そのような名前のお経があるのではなく、『永代読経』の略で、「永代に渡ってお経が読まれる」という意味から、そう呼ばれているだけです。お寺の法要の一つです。

また『永代経』には、「お寺が永代に存続し、み教えが大切に受け継がれるように」という願いが込められた意味もあります。

したがって、尊いお念仏のみ教えを伝えてくださった、ご先祖の遺徳を偲び、私自身が聞法に励んで、今度はその法灯を子孫に伝えて行ってこそ、その名の通り『永代経』と言い得るのです。

永代経法要の心は

1.お寺が、永代に護持されていくこと

2.子や孫が、代々み教えを聞き慶ぶこと


生前中に仏法を聞き得た喜びとともに、「子や孫へ教えを聞くことの大切さが伝えられていくように」との願いをこめて、永代経懇志をあげられた先祖の遺志が、この『永代経法要』の基になっています。

そうした願いと志(こころざし)を持って、ある程度まとまったお金や、仏具などをお寺に納めるのが「永代経懇志」であり、その報恩の行為を受けて、お寺が開く法要が「永代経法要」であるわけです。

懇志については、故人への追慕から納められる場合がほとんどで、表書きには「永代経志」などの文字の右肩に、故人の法名を記したりします。これは“故人のために納める”というのではなく、故人の「永代にみ教えが伝わるように」との意志を受けた施主が“故人になり代わって納める”からです。

“故人への追善供養”ではないですよー。よく誤解されますが。

いったん納めてしまえば“もう終わり”ではありません。

繰り返しですが、み教えを私に伝えて下さったご先祖の遺徳を偲び、何より私自身が聞法に励んで、慶びを子孫に伝えていく-これでこそ永代経といえるのです。


私が聞法してこその“永代経”です。

別に宗教じみたことをしなくてもいいのです。

ひとりひとりが、今、平和に生きていることに感謝しましょう。

日本人の多くが衣食住に足りています。世界全体で考えるとこれだけでも十分幸せです。感謝の心を忘れていはいけないと思います


おてての、しわとしわを合わせて「しあわせ」。なむー。

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