衛藤信之先生のお話
昨日は、日本メンタルヘルス協会の体験ゼミに参加し、衛藤信之先生のお話をきいてきました。
大阪で行われた一日体験ゼミ「普段着の心理学」です。
詳細はホームページをご覧ください。
印象に残った話を書いておきます。
すべて、私の記憶の範囲ですので、違っているかもしれませんし、内容を取り違えているかもしれません。ご容赦ください。
・理想の死に方は生まれたときと逆
生まれる時は自分はないて周囲の人は笑う。
死ぬときは自分は笑って周囲の人が泣く。
・「笑う」という表情
遠くから見て一番はっきりわかるのが「笑顔」
・老人と旅人の話
旅人が老人に「この町はどんな町ですか?」と聞くと老人は「今までどんな町に住んでいたのかね?」と逆に聞いた。旅人が「いやな人が多く嫌いだった」と答えると老人は「この町もいやな人が多いだろう」といった。別の旅人は「面白くて楽しい人が多かった」と答えると老人は「この町も面白くて楽しいだろう」といった。
自分がどこに焦点をあてて生活しているか、ということ。
・松下幸之助さんの話
メーカーはものを作っているんやない。人の笑顔を作っている。
電球磨きの人をみて、「えー仕事してるなー」「あなたは電球を磨いているんやない。子供の夢を磨いているんや」
そのほかディズニーランドの話しなどなど。
前半は笑いもあり、納得しながら聞いていましたが、後半は深く考えさせられることが多かったです。
・なくなってはじめてわかる
主人に先立たれた人の話:夜中にうるさいと思っていたいびきが今となってはないのが寂しい。どうして生きている間にやさしい言葉をかけてあげることができなかったのか?
奥様に先立たれた人の話:食事や洗濯をしていて、いままで家内は毎日毎日こういうことを繰り返してきたんだとはじめて実感した。作ってはすぐに食べられ、また片付ける。ほめられもせず、文句を言われる。賞賛されることなくできて当たり前。どうして、生きている間にもっと感謝の気持ちを表すことができなかったんだろう。
・衛藤信之先生のお話
少年時代の話、子供の話などは涙なしには聞くことができませんでした。多くの人を感動させる裏には多くのことを体験してきているんだなと思いました。
本田健さんのセミナーにでて、多くの人から参加することを勧められましたが、その意味がよくわかりました。
本田さんも衛藤先生も望んでいることは一緒だと思います。それはキリストも仏陀も多くの先人たちも同じことなんだと思います。私も仏教には縁がある身です。生老病死という言葉があります。生まれてきたものはみな、老いて病気になっていずれは死んでいきます。朝の紅顔、夕べの白骨ともいいます。
いかに幸せに、楽しく笑顔で生きるか。どれだけ充実した人生を送ることができるか。
プロジェリアのところでも書きましたが、アシュリーちゃんと同じプロジェリアの患者であるジョン・タケットくんがカメラに向かっていった言葉。「人生は長さじゃない」が頭の中をめぐりました。大阪からの帰りの電車、昨日家に帰ってから、今日も会社で、自分の人生についていろいろと考えました。
明日死ぬとしたら?
そんなこと考えるのはつまらないかもしれませんが、生きているだけどれだけ幸せなことか、大人になること、自分の足で歩けること、自分の目で見ることができること、家族がいること、、、、どれも当たり前のようなことだけれども決して当たり前ではないこと、感謝の気持ちを忘れてはいけないと痛感しました。
今日はなんとなく人にやさしくなれたような気がします。明日からもこの気持ちを忘れないようにしたいと思います。もちろん、いつもニコニコ、笑顔でいきましょう!












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